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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)22号 判決

東京都江戸川区松島三丁目46番2号

原告

山田定幸

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

高瀬博明

宇山紘一

奥村寿一

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第21823号事件について、平成5年12月8日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年12月7日、名称を「単極誘導における銅円板の低温冷却による効率的発電方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭59-257449号)が、平成2年11月20日に拒絶査定を受けたので、同年12月6日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第21823号事件として審理したうえ、平成5年12月8日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年1月19日、原告に送達された。

2  本願明細書に記載された特許請求の範囲

「単極誘導における高速回転の銅円板(1)を外側円周部(2)をのぞいて、中空の絶縁体(4)で覆い、絶縁体の空胴部に低温液体を注ぎ込み、銅円板を冷却させ、かつ、水中よりつないだ導線(5)を中心軸(6)に接触させ、中心軸(6)と銅円板(1)をつないだ導線(7)の電位差を増大させる方法。」

3  審決の理由

審決は、本願発明は、「エーテル」の存在及び「ボイル・シャールの法則が理想気体中のみならず金属体中においても適用される」ことを前提とするものであるが、これらはいずれも定説に反するものであって認められず、結局、単極誘導による起電力と自由電子の密度とは関数関係はないことが明らかであり、本願発明の「電位差を増大させる方法」は、電磁気学法則からみてありえないものと認められるから、特許法29条1項柱書の発明に該当しないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、「エーテル」につき、実在するにもかかわらず、実在しないと誤って認定し、ボイル・シャールの法則につき、金属体中においても適用されるものであるにもかかわらず、適用されないものと誤って認定し、単極誘導による起電力につき、自由電子の密度と関数関係があるにもかかわらず、関数関係はないと誤って認定し、これらの誤認の結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願のよって立つ原理について

本願は、ファラデーの発見した単極誘導の原理を利用しつつ、銅円板を低温冷却することにより、常温では得られない大電流が得られることを、ボイルシャールの法則及びエーテルの理論の応用により証明し、これを用いて電位差を増大させる方法を提供することを要旨とするものである。

エーテルは、膨張・収縮性のある流動体で、これについては、

エーテル密度(ρ)×理想気体体積(V)=一定の等式が成り立つ。

金属は、それを冷却しても、体積はほとんど変化しないので、銅円板の温度を低下させると、ボイル・シャールの法則

〈省略〉

により、

ρ×T=K’×P (1)

(ρはエーテル密度、Tは温度、Pは圧力、K’は定数)であるから、金属体内の圧力(P)が低くなるか、エーテル密度(ρ)が大きくなるかする。

圧力(P)が低くなることは、金属体内にエーテルすなわち電子が入りやすくなることを、エーテル密度(ρ)が大きくなることは、金属体内に多量の電子が含まれることを意味する。

このようにして、銅円板を冷却すると大電流が得られることになる。

2  審決が認定を誤った各点について

(1)  エーテルの実在について

1965年4月5日発行「岩波 理化学辞典 増訂版」(以下「理化学辞典」という。)148頁「エーテル」の項〔1〕に、被告主張の記載があることは認めるが、審決が、このことから直ちに、気体物質としては実在しないと認定したのは、誤りである。

ボイル・シャールの法則がいかなる気体原子の理想気体についても適用されるわけを、エーテルの実在を前提に説明することは可能であるが、その存在を無視しつつ説明することは、困難であるから、エーテルの実在を否定するのなら、エーテルの不存在を仮定したうえで、ボイル・シャールの法則がいかなる気体原子の理想気体についても適用される科学的根拠を示さなければならないものというべきである。

ところが、審決は、上記根拠を何ら示していない以上、たとい上記文献の記載に示されるように一般的に信じられているとしても、エーテルの実在を否定することは許されないものといわなければならない。

エーテルは実在するのであり、このことは、原告作成の「エーテルの存在証明を中心とした原告の反論証拠」(甲第6号証)に述べるところにより十分証明されている。

(2)  ボイル・シャールの法則の金属体中における適用可能性について

ボイル・シャールの法則は、普通の意味での「気体」に対して適用されるものであり、金属体中において適用されるものではなく、電子気体にはフェルミ統計が適用されることが定説であることは認めるが、審決が、そのことから直ちに、「ボイル・シャールの法則」が「金属体中においても適用される」とは認められないとしたのは誤りである。

1984年学術図書出版社発行多田政忠編「物理学概説 下巻」に、電気抵抗の温度による変化につき、

r=r0(1+βt)

(r、r0は、t℃、0℃における比抵抗、βは抵抗の温度係数で約1/273K-1)

と記載されている。

これを整理してT0=273とすると、

〈省略〉

すなわち、

〈省略〉

となる。

また、オームの法則V’=RJ(V’は電圧、Rは抵抗、Jは電流)より、電線に流れる電子に関して、

〈省略〉

(Rは抵抗、Lは導線の長さ、Sは導線の断面積)が成立し、

また、J(電流)は電子密度(ρ)に比例し、V(電圧)は電線に流れる電子の圧力(P)とみなされる。

そこで、これらをオームの法則に代入して、

〈省略〉

(α、α’は定数、ρはエーテル密度、Pは電子の圧力)

となり、前述の方程式(1)に一致する。

したがって、ボイル・シャールの法則は、金属体中においても適用されるものといわなければならない。

(3)  単極誘導による起電力と自由電子の密度との関数関係の存在について

審決は、「単極誘導」による起電力は、変量磁束と変量速度の積という、自由電子の密度とは関数関係のない式で表されるものであると認定したが、単極誘導といえどもオームの法則に従うとの理論と関連して上述したとおり、起電力と自由電子の密度との間に関数関係があることは明らかであり、審決の上記認定は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  本願のよって立つ原理について

原告の主張は、銅円板の冷却によって単極誘導に生じるとする効果を原告独自の思想に基づいて説明するものであって、真にそのような効果が生ずることをこれによって認めることは、到底できない。

原告の主張する原理は、エーテルの実在及びボイル・シャールの法則の金属体中における適用という、いずれも、現在の定説では認められていない、それ自体原告の個人的な思想にすぎないものを前提にするものであるから、これを一般的な自然法則として認めることはできない。

また、原告主張の

エーテル密度(ρ)×理想気体体積(V)=一定との式で、「エーテル」及び「理想気体」の語がどのような意味で用いられているのか不明である。

さらに、原告主張のとおり、温度に変化があっても体積は一定との条件の下で(1)式すなわち

ρ×T=K’×P

(ρはエーテル密度、Tは温度、Pは圧力、K’は定数)が成立して、温度によってその密度が変化するとすれば、体積一定とした物質の質量が温度によって増減することになり、自然法則からみてありえないことが生ずることになるから、金属において(1)式が成立するとは、到底考えられない。

2  原告主張の個々の点について

(1)  エーテルの実在について

「理化学辞典」148頁「エーテル」の項〔1〕に「語源的には上空の清く澄んだ大気を意味するが、物理的には電気、磁気、光などを伝える仮想的な媒質を指す.・・・エーテルはそれがもっていると想像されていたあらゆる属性を次々に失い、その実在を仮定する必要のないことが明かになった.今日でもエーテルという言葉が使われることがあるが、これは電磁場の担い手としての真空を意味するに過ぎない.」と記載されているとおり、エーテルは存在しないことは定説であり、これを否定する特段の理由がない限り、真理として認識すべきものである。

原告がエーテルの実在を証明するものとして述べるところは、全般的に、論理的に飛躍があり、かつ、不明瞭であり、物理的にエーテルの存在を証明したものとは到底いえない。

(2)  ボイル・シャールの法則の金属体中における適用可能性について

ボイル・シャールの法則が普通の意味における気体に対して適用される法則であって金属体中において適用されるものではなく、電子気体にはフェルミ統計が適用されることが定説であることは原告も認めるとおりである。

原告は、それにもかかわらず、この法則は金属体中においても適用されると主張するが、原告が自己の主張の根拠として述べるところは、それ自体不明瞭であって、導出根拠が不明であり、また、金属において成立するとは到底考えられない方程式(1)「ρ×T=K’×P」と、これまた導出根拠が不明な式「αP=(T0+t)(r0/T0  L/S)×α’ρ」を基に、これらが一致するとしているだけのことであり、科学的に何の意義も有さないことは明らかである。

(3)  単極誘導による起電力と自由電子の密度との関数関係の存在について

単極誘導による起電力は、理化学辞典の「単極誘導」の項に記載されたとおり、「磁束をφ、回転の角速度をωとすると、回路に現われる起電力はE=φω/2πで与えられる。」ものであるから、単極誘導による起電力は自由電子の密度とは関数関係のない式で表されるとした、審決の認定に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  原告は、銅円板を低温冷却することにより、真に、常温では得られない大電流が得られることは、理論的証明により明らかにされている旨を主張する。

しかし、原告の主張する理論的証明は、「エーテル」の実在及びボイル・シャールの法則の金属体中での適用の双方のいずれもが肯定されることを前提にするものであることは原告の主張自体で明らかであるところ、エーテルの実在及びボイル・シャールの法則の金属体中での適用は、いずれも、認めることができない。

すなわち、かつては存在するものと考えられていた「エーテル」は実在しない、というのが今日の定説であることは、「理化学辞典」148頁「エーテル」の項〔1〕に「語源的には上空の清く澄んだ大気を意味するが、物理的には電気、磁気、光などを伝える仮想的な媒質を指す.・・・エーテルはそれがもっていると想像されていたあらゆる属性を次々に失い、その実在を仮定する必要のないことが明かになった.今日でもエーテルという言葉が使われることがあるが、これは電磁場の担い手としての真空を意味するに過ぎない.」との記載(この記載があること自体は原告も認めるところである。)からも明らかであり、また、ボイル・シャールの法則は普通の意味での気体のみに適用される法則であって、電子気体にはフェルミ統計が適用されるとするのが定説であることは、当事者間に争いがない。

そうとすれば、これらの定説を覆す特段の理由がない限り、エーテルの実在及びボイル・シャールの法則の金属体中での適用を肯定することはできない。

この点に関し、原告が主張するところは、全般的に不明瞭であり、また、導出根拠の明確でない式を根拠とするものであって、これをもって前示定説を覆すものとすることは到底できず、銅円板を低温冷却することにより、真に、常温では得られない大電流が得られることを実証する実験結果も何ら提出されていない。

2  以上によれば、本願発明を特許法29条1項柱書の発明として認めることができないことは、その余について論ずるまでもなく、明らかといわなければならず、原告主張の審決取消事由は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

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